PERPIGNAN
オペルピニャン
2018.09.21

<概要>

 ここはスペインとの国境に近いフランス領カタルーニャ(北カタルーニャ)の中心都市で人口は約12万人。 ローマ時代から人が定住していた。10世紀初めからルサリョー(フランス語ではルシヨン)伯領の本拠地となり、ついでスペイン側のアラゴン王国の一部となりました。1276年から1344年までマヨルカ王国の首都として黄金時代を迎え、モンペリエまでも領有していました。

 14世紀には黒死病の流行で人口のおよそ半分を失いまし、15世紀にはルイ11世に攻撃されフランス側に占領されています。その後も独立運動は続きますが、1659年にピレネー条約によってPerpignanを含むRousillon地域は正式にフランス領となっています。

 Perpignan旧市街の北側には比較的大きな川La Tetが流れ、その支流のLa Bassaの両側にこじんまりとした旧市街があります。赤色のレンガの建物が目立ち、全体的に赤い感じのする町並みです。日差しが明るいし、ゴミや落書きも少ないし、なんとなく明るい雰囲気の町です。

<見所>

 先ずはCastilletの門へと行ってみます。1368年、マヨルカ王国時代に建設された城塞で、これを基点に旧市街を城壁で囲む予定でした。赤いですね、この建物も。

 旧市街の北東にはBasilique-Cathedrale de Saint-Jean-Baptiste de Perpignanがあります。1324年に元からあった小さな教会を改築して大きなBasilicaを建設し始めましたが、途中でマヨルカ王国が崩壊したので建設は中断。15〜18世紀にかけて断続的に改修されてきました。現在見られる姿は南部ゴシックという様式です。壁に赤煉瓦と大きな楕円形の石が建築材料として利用されているのが珍しいですね。内部の祭壇やステンドグラスなど、スペイン的な装飾が多く見られました。

 Basilique-Cathedrale de Saint-Jean-Baptiste de Perpignanの隣にあるのは小さな礼拝堂Chapelle La Funerariaです。14世紀のものです。さらにその隣にはCampo Sanot。これはSt-Jeanの墓地を囲む回廊だったようです。


Perpignanの海側は潟と砂州が見られます

Castillet, 14世紀

Basilique-Cathedrale de Saint-Jean-Baptiste de Perpignan

Basilique-Cathedrale de Saint-Jean-Baptiste de Perpignan, 14-18世紀

Basilique-Cathedrale de Saint-Jean-Baptiste de Perpignanの壁

Basilique-Cathedrale de Saint-Jean-Baptiste de Perpignan身廊

Chapelle La Funeraria, 14世紀

Campo Santo, 14世紀

Campo Santo
 旧市街を離れて丘の上にあるPalais des rois de Majorque(マヨルカ王宮)へと行ってみました。旧市街から案内板に従って歩いてゆくと10分強で到着です。9月も後半というのに気温は28℃くらいあり、強烈な日差しと相まって額に汗をかいてしまうほどです。

 ここは14世紀のマヨルカ王国の首都だった時代に建設された王宮で、17世紀にルイ14世お抱えの天才城塞設計師Vourbanによって改築されています。ここの塔の上から見Perpignanの赤い町の眺めが美しく素敵です。端正で綺麗な町ですね。北西にはフランスとスペインを分けているピレネー山脈の南端にある名峰Pic du Canigou(標高2785m)が見えました。

 王宮内では地元の工芸品のExpositionが行われていました。ガーネットを金属細工に埋め込んでゆく手作業の様子がビデオで説明されており、手の込んだ作業についつい見入ってしまいました。


Palais des rois de Majorque

Palais des rois de Majorque

Palais des rois de Majorque

Basilique-Cathedrale de Saint-Jean-Baptiste de Perpignanがよく見えます

端正な町並みです

Pic du Canigou, 2785m

地元工芸品のExposition