14世紀には黒死病の流行で人口のおよそ半分を失いまし、15世紀にはルイ11世に攻撃されフランス側に占領されています。その後も独立運動は続きますが、1659年にピレネー条約によってPerpignanを含むRousillon地域は正式にフランス領となっています。
Perpignan旧市街の北側には比較的大きな川La Tetが流れ、その支流のLa Bassaの両側にこじんまりとした旧市街があります。赤色のレンガの建物が目立ち、全体的に赤い感じのする町並みです。日差しが明るいし、ゴミや落書きも少ないし、なんとなく明るい雰囲気の町です。
<見所>
先ずはCastilletの門へと行ってみます。1368年、マヨルカ王国時代に建設された城塞で、これを基点に旧市街を城壁で囲む予定でした。赤いですね、この建物も。
旧市街の北東にはBasilique-Cathedrale de Saint-Jean-Baptiste de Perpignanがあります。1324年に元からあった小さな教会を改築して大きなBasilicaを建設し始めましたが、途中でマヨルカ王国が崩壊したので建設は中断。15〜18世紀にかけて断続的に改修されてきました。現在見られる姿は南部ゴシックという様式です。壁に赤煉瓦と大きな楕円形の石が建築材料として利用されているのが珍しいですね。内部の祭壇やステンドグラスなど、スペイン的な装飾が多く見られました。
Basilique-Cathedrale de Saint-Jean-Baptiste de Perpignanの隣にあるのは小さな礼拝堂Chapelle La Funerariaです。14世紀のものです。さらにその隣にはCampo Sanot。これはSt-Jeanの墓地を囲む回廊だったようです。