MONASTERIO DE SUSO/YUSO
スソ/ユソ修道院

2018.09.22

<概要> 

 Monasterio de Suso/Yuso(スソ/ユソ修道院)はUNESCO世界文化遺産となっていて数百メートルを隔てて上下に異なる時代の2つの建造物群があります。Suso「上方」、Yusoは「下方」を意味しています。ともに聖エミリアヌス(St. Emilianus / San Millan[サン・ミラン])に因む修道院です。

<見所>

 Yusoの前にあるチケットオフィスで窓口の女性にSusoとYusoの両方を見学したい旨を伝えると、しばらく考えてから「先に下の階のSusoのチケットオフィスでチケットを買って、専用バスに乗ってSusoに行ってきなさい。戻ったらこちらにおいで。」と言う。見る順番があるのかなと思いながら下のオフィスでSusoのチケットを購入し、17:25のバスに乗るように言われた。


Suso/Yusoのチケットオフィス

こんな風に二か所に修道院があります

 小型のバがやってきたので乗り込みます。ゆっくりと山を上ってゆき、Susoまでは約20分くらいでした。途中Yusoを見下げる展望がきれいです。

 Monasterio de Suso(Suso修道院)は10世紀のレポブラション(Repoblacion, 再入植)期の建築で簡素なものです。その礼拝堂は11世紀に拡張されたもので、12世紀の作品である聖エミリアヌスの横臥した死者像が保存されているサン・ミジャン祈祷所と、6世紀の穴居民の小房群に面しています。

 この修道院では現存最古のカスティーリャ語文書が書かれました。977年に聖アウグスティヌスの作品のラテン語で書かれた注釈(Glosas Emilianenses)を筆写した写字生が、欄外に数行のカスティーリャ語訳を書き付けました。その写本はYuso修道院に保管されていましたが、現在はエル・エスコリアル修道院に所蔵されています。Susoに入ると、回廊にはララ(Lara)の11人の子どもとその教師の石棺があります。


Monasterio de Suso

聖エミリアヌスの横臥した死者像

アラブっぽいデザインが見られます

Monasterio de Susoの裏側

きれいな景色

Monasterio de Yusoが見える

 再び小型バスに乗って山を下りてYuso修道院に戻ります。どうもそろそろSuso修道院は閉館時間を迎えているようで、修道院スタッフも自家用車で帰り始めます。Yuso修道院に着いてすぐに先ほどのチケットオフィスでYuso修道院の入場券を購入しました。どうやら最後のガイドツアーが既に出発しているらしく、窓口にいたスタッフが案内し、早口で説明しながら先行していた先発隊に合流しました。先ほど最初にSuso修道院への見学を進めたのは、両方を見るための最適な手段と判断したからのようです。

 Monasterio de Suso(ユソ修道院)は「ラ・リオハのエル・エスコリアル」と呼ばれる立派な建物群で、元々は1050年に建てられたルネサンス様式でしたが、1367年にエドワード黒太子に荒らされ、その後再建されました。現存するものは全面的に再建されており、16世紀から18世紀のルネサンス様式やゴシック様式が混じっています。最古の部分は1504年に建設が始まった教会で、3つの身廊を持つ後期ゴシック様式ですが、完成したのは18世紀です。

 修道院の入口には1661年に描かれた「ムーア人殺しの聖エミリアヌス(St Millan)」の絵がありました。

 図書館には11世紀から16世紀までの1800点の作品があり、最古のものは10世紀のものらしい。Glosas Emilianenses の複製もあります。


Monasterio de Suso(ユソ修道院)

「ムーア人殺しの聖エミリアヌス(St Millan)」の絵







1067年から1080年に作られた聖エミリアヌスの櫃

図書館